水木先生と私

先ほど、水木しげる先生がお亡くなりになられたという知らせを聞きました。
ご冥福をお祈りというよりご常楽がポワーンと溢れ出るところに行かれたんだなァという確信がします。

子供の頃から慣れ親しんできた先生の漫画、そしてそのおかげで知ることができた妖怪たち。先生の妖怪画とその妖怪の紹介やまつわる説話の短い文章を貪るように読んでいました。住んでいた奈良に出る妖怪だと、固唾を飲んで読んだものです。

だからちょっと夕暮れ時に犬の散歩で裏の林に行こうものなら背後に妖怪の気配をいつも感じてしまいました。ただならぬモノ、気配への原体験だったのだと思います。逢魔刻に暗がる公園のブランコ。耳に冷たく当たる風。

高校生や学生になった頃でも、妖怪はいつでも私の好きなものでした。いろいろな映画や音楽、アートの洗礼を受けながらも、妖怪と先生の漫画だけは常に脈々と私の中で流れていたのでした。小難しい本を読み漁り、知識が増えてもどうにも自分らしく在れない当時の私に、いつも泰然と何の気負いもなく妖怪たちは妖怪らしくあって、それは心の支えでした。

アメリカに移り住んでからも妖怪本を枕元に置いて眺める日々。鬱々、紆余曲折を経てついに人前でも私らしくいられるようになったときに立ち現れたのは妖怪とノイズだったのです。

そして今、妖怪ノイズばねとりこをやるようになって妖怪たちの声、音、気配、異形の音色を聴き、奏でようとしています。これは妖怪への恩返しなのかもしれません。

そしてそれは水木先生が私に紹介してくれたことへの返答と恩返しのようだと思えるのです。

いつかばねとりこで「百鬼夜行」なるボックスセットを作って、先生にジャケット画をお願いしようと思ってましたが、私が遅かったですね。でもこれからも「妖怪ノイズ」続けますよ、先生!

 

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